江戸時代、システマティックな入浜塩田による塩づくりが確立された播州赤穂。
瀬戸内の穏やかな海と気候に抱かれ、千種川が中国山地からもたらした良質の砂からできた広大な干潟は、入浜塩田の開発に適していました。
その製塩技術は、瀬戸内海沿岸に広がり、市場を席巻するまでに成長しました。中でも赤穂の塩は、国内きってのブランドとして名を馳せ、赤穂に多彩な恵みをもたらしました。このまちには瀬戸内海から生み出される塩とともに歩んできた歴史文化が蓄積され、現在に息づいています。赤穂は今なお「塩の国」なのです。
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story077/index.html
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